ひげづらの男は、君だね(2011.5.18 日本)

僕たちは現地時間15時45分、
ロサンゼルス発成田行きのシンガポール航空SQ11に乗って、
1年2ヶ月に及ぶ世界一周旅行を終えようとしている。

向かう先は成田空港。もちろん日本だ。

ロサンゼルスからあとたった12時間のフライトを乗るだけで、
1年2ヶ月かけて地道に進んできた道筋は、
歪な円を描いて日本へと戻る。

イースター島、ガラパゴス諸島、ビーニャデルマル。
僕たちは、この旅で何度も見た太平洋をいよいよ渡っているのだ。

ロサンゼルスの空港には日本人がたくさんいた。
シンガポール空港の受付カウンターでは日本語を話す
スタッフに対応され、なぜだか妙に戸惑った。

とんとん拍子にチェックインをして、荷物を預け、マイルが貯まった。
もちろん、なんの問題もない。

なんの問題もないということに、若干の不自然さを感じたりもした。
たくさんの絶景を見た。

それこそ地理の時間に習ったものをたくさん見た。
世界遺産特集のテレビで見たことのある景色をたくさん見た。

時に自分が本当にその場所にいるのかということを、
全く信じられないような場所にまで行くことができた。

130人の夢を聞いた。
夢を聞きそびれた人もたくさんいた。
その一人ひとりの顔を思い出す。

思い出に残っている全員とのエピソードをここで挙げたい気分だ。

「あれ?俺とのエピソードは?」

多分どっかで、こんなことを思う人がいるだろうから挙げないけど。

大人になって、こんなに友人ができるとは思っていなかった。

まるで昔から知っているような友人も何人もできた。
何だかとても不思議だった。

ほんの数日前まではお互い顔も知らなかったのに、
一緒にバスに揺られて、同じ部屋に泊まって。

言葉にならないような美しい景色を見ては
「きれいだね」なんて言ったりして。

まだ旅を続けている人たちは気をつけてね。

「よい旅を」

日本で必ず会おう。
あのとき、固い握手をしたことは絶対忘れないだろうなー。
このHPを読んで頂きありがとうございました。

HPはまだまだ続けるつもりですが、
一区切りなのでとりあえずお礼を申し上げます。
秋からはアジア編が再スタートするという噂もありますしね。

時期が来て、タイミングが整えば、
すぐにでもバックパックを担いで飛行機に乗るでしょう。
そのときはまた報告させてもらいたいと思います。

この旅行中、掲示板やメールを通じて
たくさんのメッセージを頂きました。
出会ったこともない方々からたくさんのメッセージを頂きました。

HPなんてものを作ったことがなかった僕は、最初は、
これが他の誰かに届いているのかすら感じられなかったのですが、
みなさんからのメールで何度励まされたか。
本当に嬉しかったです。ありがとう。

毎日新聞の大森さんが僕たちのことを記事にしてくださったおかげで、
出会ったこともない色々な方からメールやコメントを頂きました。
本当に感謝しています。この場を借りてお礼申し上げます。

今は引っ越して愛知に住んでいる以前の職場の先輩が、

「時々、自分は、自分を思い出してもらえるという事実に支えられて
生きているのかも、と思うこと があります。
思い出し合うことで支えあっているんじゃないかと」
という言葉を、旅先へ届けてくれました。

なんだか、すごく実に染みた。

出発前はたった1年・2年の別れが寂しくて、
まるで永遠の別れのような、
この世の終わりみたいな別れ方をして出発した。

地球を回り、季節がぐるっと回って、もう一度会える。

早く会いたいと思う友人が待っていることが、なんと幸せなんだろう。

彼女と出会わなければ、この旅に出ることはなかった。
それはもう本当に確実で、100パーセントなかったと思っている。

彼女と出会ったおかげで、
僕はこの旅に出る勇気を持つことができた。

目を疑うような絶景も、出会うはずのなかった人々も、
ケンカした日々も、仲直りした空気も。

僕にとっては、彼女と共有したその全てが宝物。

その全てがあって、ゆめどりむしの世界一周旅行。

一緒に旅に出る決断をしてくれた彼女には
本当に感謝しても仕切れないです。

あの蕎麦屋で、
世界一周を決めた日のことは生涯忘れることはないでしょう。

ありがとう。
そして、お互いの両親・家族。

結納当日、
世界一周に行くことに賛成しきれなかった父から飛び出した言葉。

「このお金は結納金ではなくて慰謝料です」

笑いと恐怖を生んだこの名言から、
この世界一周旅行は僕たち二人だけのものではなく、家族や友人や
先輩や僕たちに関係してくれた全 ての方々の支えがあって
成立するものだと感じるようになった。

これから結婚をするという二人が仕事を辞めて海外へ行くなんて、相手のご両親に対して合わせる顔 があるはずもなく。
親として賛成できるわけがない。そりゃそうだ。

それでも、僕たちの「どうしても今行きたい」という気持ちを理解してくれた僕の両親には本当に感 謝している。

そして、彼女の両親。

彼女の両親も色々な思いがあっただろうが、
彼女と僕の意思を尊重してくれた。
もちろん色々な思いはあっただろうが、
反対の言葉一つ言われることはなかった。

自分が親の立場になったとき、
反対の言葉一つなく子どもを送ることができるだろうかと考えたとき、
改めて彼女の両親の人柄の大きさに感動すら覚えた。

温かく見守ってくれたお互いの両親には感謝してもしきれません。

皆さんのおかげで一生の宝物ができました。

本当にありがとう。

この旅をして、はっきりしたことがある。

「自分が大切だと思うものを、丁寧に、とても大切にしていきたい」
ということ。
やりたいことをやれる自分でいたいと思う。

日本に帰ったら挑戦の連続だ。

一年間やっていなかったバスケだけど今からキャリアハイを目指そう。
またマラソンも走ろう。
疎遠になっている友人ともまた連絡をとろう。
仲のよい友人を大切にしよう。
毎週バーベキューパーティー生活を送るぞ。
そんな幸せな空間をつくって、仲間みんなを幸せな気持ちにさせるんだ!
自分はそんな環境を作りたいなー。
写真展もやってみたいなー(情報求む!)
本とか作れないかなー(情報求む!)
山も登りたいなー。
さてさて、日本でやりたいことは全部やろっと!

日本に住む関係者たち、どんどん巻き込みますんで覚悟しててね。

いつか、この旅の記憶が薄れていく時がくるだろう。

何もかもが思い出に変わる日はきっとくる。

だが、記録には残る。
残った記録を彼女と何度だって見返すことができる。

そのたびに、あの青い空や、透き通った海や、真っ白の雲を、
そしてそれを形成する風の匂いを、きっと思い出すだろう。

「ヒゲヅラだね」
「君は髪の毛プリンちゃんになってるね」
「小汚いね」

でも、楽しそうだね。
うん、楽しそうだ。

時が経って、二人の子どもが生まれたら、
僕たちが1年2ヶ月毎日撮った写真を子どもと見ることもできる。

もしかすると、旅先で出会った誰かみたいに、
小学校の卒業文集に「夢は世界一周です」なんて書いたりして。

30年後、子どももどこかの誰かと二人で世界一周へ行くかもしれない。

そうなると最高だ。
そんな素敵なことはないね。

そして、僕たちは無事に帰国しました。
これから、また挑戦する日々が待っています。

「楽しんでやっていきましょー」

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