未来をつくること(2011.10.21-23 プノンペン)

カンボジアの大地は
どこまでもまっすぐで、たいらで、緑が濃い。

車窓を眺めていると
いったいどこまで続くんだろう?っていうような大草原。

なんていうか、絵になる風景だ。

そんな中を6時間ほどバスで走ると
大草原が嘘だったかのような大都会が現れる。

カンボジアの首都、プノンペンに到着。

治安が悪いと評判のプノンペン。

夜になると人通りがなくなって危険らしいけど
その話が全く信じられないくらい昼間の人出はすごい。

車もバイクもすごい数。
信号がないのに、よく事故にならないもんだ。

喧騒と混沌。

タイのバンコクも交通量も人も多かったけど
それでもプノンペンに比べれば整然としてたなぁ。

ベランダで半裸になって筋トレするおじさんなんかが見られる。
いいですね。
人が暮らしている明かりはほっとする。

近くにはオルセー市場というのもあって
ここがまた市場というか迷路。

ツーリスティックな感じが一切なくて、かなりローカルな本気市場。
いいですね。

食堂エリアもあるけどメニューも何もないので
おかずを指差すと白ご飯の上にのっけてくれてドン!と出される。
おばちゃんは愛想がないのに、感じは悪くない。

さて、私たちのプノンペン観光のハイライトは
トゥール・スレーン博物館。

ここはポル・ポト政権(カンボジア共産党)時代に
使われた政治犯収容所の建物がそのまま博物館になっている。

この収容所では3年弱の間に、約2万人が収容され
生きて出ることができたのはたったの7人と言われている。

ポル・ポト政権は資本主義を否定し、共産主義を目指した。

そして、それに反対した人々や
ひいては反対したかどうか定かでなくとも無理やりに「粛清」した。
つまりたくさんの人々を拷問し処刑していった。

いわゆる大量虐殺の現場となった場所である。

ポル・ポトは若いときにパリに留学したこともあったという。
留学から帰ってきたのちには
教員として教壇に立っていたこともあるらしい。

それを聞くと、好奇心旺盛で勉強熱心な人であるように感じる。

はじめは、よりより社会を、国をつくりたいと思っていたはず。
高い志をもっていたはず。
はじめから、虐殺が目的ではなかったと、そう信じたい。

それなのに「革命に学問は不要」と学校を閉鎖し
その校舎を収容所として
結果、多くの罪のない人たちの命を奪っていくことになった。

学校として使われていた時代には
子どもが目を輝かせて勉強していたであろう教室に
拷問の道具や血痕が残されているのはとても悲しかった。

そして人々を実際に拷問し、処刑したのは
それを命令したポル・ポト本人や政権幹部ではないということ。

自分もいつ「粛清」されるかと怯えながら
たくさんの人を殺すしかなかった人たちがいたことに愕然とする。

人を殺さなければ、自分が殺される。
その状況で自分はどうするだろうか。

もちろん、酷く拷問された挙句に
命を奪われた人々の苦しみは計り知れない。

しかしその残虐な行為をした人もまた人間であり
その後の人生に抱えきれないほどの痛み、苦しみを残しただろう。

私はそこでふと思い出した。

カンボジアの元気な子どもたち、その生命力を。
物売りの子も物乞いの子も裸足でも洋服がどんなにぼろぼろでも
笑いかけると、みんな笑顔を返してくれた。

その子どもたちが未来をつくる。
未来はこれからつくっていける、変えていける。

その子どもたちに関わることのできる教育っていい仕事だなと。
教育に携わることで未来をつくる手伝いができるのだから。

改めて、教育って未来をつくることだったんだと
なんか急に思い至ったのだった。

カンボジアはこれで終了。
客引きがうるさかったり、カンボジア料理はぱっとしなかったり
でもなんとなく居心地は悪くなくて、また来たい国。
カンボジアのこれからが気になる。

お次は今回最後の目的地、ベトナムはホーチミンへ!

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