頭がひどく混乱する(2011.10.23-27 ホーチミン)

国境を問題なく通過してベトナムへ入国し、ホーチミンへ。
プノンペンから約6時間。
この辺りの東南アジアの移動は短くてかなり楽だった。

ホーチミンのデタム通りにバスが到着し、
無事にお目当ての宿にチェックイン。

東南アジア全体を総括すると、
物価は噂通り安く、もちろん宿代も食費も安かったなー。

特に宿代は値段の割りにレベルが高くてかなり快適だった。
エアコン・バス・トイレ付きで二人で1000円前後くらい。清潔だし。

旅の最初だったらケチって快適でない部屋に泊まるんだろうけど、
100円加えれば快適そうな部屋に泊まれるってことで、
結局二人で快適なほうを選ぶことにしてたかな。

いろいろな旅行者と話すと、
「なんでアジアのときにあんなケチってたんだろう…
ヨーロッパなんて行ったら
一瞬で一生懸命ケチってたお金が飛んでいくのに…」

みたいな話で盛り上がったりしてたなー、と思い出す。

でもまあ、なんていうか、
やっぱり旅行の最初はケチったりするのもいいんだろうね。

そういう旅行をしてる!
って自分で実感するのも最初は楽しかったりするし。

まあ、旅の予算やスタイルは人それぞれなんで、
自分に合った旅行をするのが一番ですがね。

さて、ホーチミン。

歩いてみての感想は「中国っぽいなー」って印象。

屋台でおじちゃん達が「あーだ、こーだ」やってる姿とか、
賭け将棋みたいなゲームで盛り上がっている様子だとか、
公園でエアロビやってたり、
足を使ってバトミントンみたいに羽根突きやってたり。

まあ、中国と陸続きなんで当然っちゃ当然なんだけどね。


▲ホーチミンの屋台はなぜかイスがかなり低い

ホーチミンは交通量というか、バイクの量が尋常じゃないくらい多く、
1回の信号で50台くらい止まります。

いや、全然話を大きくしているわけじゃなくて本当に。

基本的に道路に信号はあんまりなくて、
道を歩行で渡りたいときには、
そのバイクが行き来している道を横断しなくてはいけません。

おそらく僕が旅行出たての身だったら5分は横断歩道を渡れず、
泣きながら「日本に帰りたい」と思っていたでしょう。

というのは少し話を大きくしましたが、
まあ、それでも渡らなければいけません。

そして、どのバイクもクラクションの嵐。うるさい。

「はいはい、道を横断するからねー」みたいな感じで、
車道の左側を走っていたバイクが車線の右に移動するときに
挨拶代わりに「プップップー」と鳴らしている感じ。

あとは、なんとなく鳴らしたいから鳴らしてたり。

どうして交通事故が起きないんだろうと疑問に思う交通事情ですが、
クラクションを鳴らしながら、なんだかんだと移動すれば
なんとか大丈夫みたい。

歩道を渡るのも同じで、「はいはい、渡りますよー」って勢いで、
とりあえず横から来るバイクを見ながら渡れば、
バイクが勝手によけてくれます。

ホーチミンに来た最大の目的は
「ベトナム戦争証跡博物館」に行くこと。

ベトナム戦争は、
僕たちの両親世代が青春時代に起きていた戦争。

よく小説なんかにも出てきたりしていて、
例えば村上龍の69なんかでも
「ベトナムでは戦争が起きていて罪もない人々が殺されている
っちゅうのに、僕たちは…」みたいなシーンがけっこうあったはず。
確か。

つまり、つい最近の出来事なわけですね。

ここには石川文洋さんの写真が多数飾られていて、
日本語での解説もたくさんあった。

ベトナム戦争で取材した石川さんが撮影した写真。
その1枚1枚に写っている現実。

「戦争で○○人の人々が亡くなった」

この数字に僕は実感を込めることができていないということを気づく。

僕は戦争を経験していない世代だから?
僕は直接被害にあっていないから?

ここにある写真を見ることで、
その悲惨な光景を目にすることで、
僕の心に、突然の嵐のように、その数字の重さを感じるようになる。


▲アメリカが撒いた枯葉剤の影響で生まれたベクちゃん・ドクちゃん

一人の人間が死ぬことで、どれだけの人が悲しむだろうか。
戦争にはその何万倍という人が被害にあう。

その一つひとつの死には、それぞれ家族や友人の深い悲しみがあり、
決して想像してもできない悲劇がある。

僕にはもうなにがなんだかわからない。混乱する。

ベトナム戦争ではアメリカによって枯葉剤が撒かれた。
人体への影響は信じがたいほど大きく、
後に生まれてくる次世代の子どもたちにも影響が出る。

日本でも有名なベクちゃん・ドクちゃんのような結合双生児や、
頭や骨が奇形して生まれてくる子どももたくさんいたそうだ。

頭が混乱する。

この歴史を知っているのは、もちろん僕だけではない。

もちろんジョージ・ブッシュも、小泉純一郎も、
そしてジョン・レノンも、みんなみんな知っているはず。

頭がひどく混乱する。

この旅行中に、負の遺産と言われる現場をいくつか行った。

アウシュビッツ強制収用所、カンボジアのトゥールスレン。
イスラエルとパレスチナの分離壁だっって充分その類。
ルワンダの虐殺記念館にも行けばよかった。

知ること、で、考える。
考えることで、自分の幸せな状況に感謝する。人に優しくなる。

知っていても優しくなれない?頭がひどく混乱する。

▲▼どういうわけか、ベトナム料理は期待していたぶん抜群のおいしさは感じなかった。

そして日本へ。
社会人復帰へ向けての手続き諸々の関係で東南アジア編終了。
2ヶ月と短かったため前回のようなフィナーレ感は当然感じませんでした。

最近、僕は旅行が少し好きになってきた気がします。

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