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あー、めんどくさい (2010.10.14〜10.17 エルサレム)
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今までの旅で一番疲れたのが、イスラエル。

しかもその疲れが、何疲れなのかよくわからないために
また余計に疲れるイスラエル。

まず、パスポートにイスラエルのスタンプが押してあると
イスラエルと仲の悪い国、例えばシリアとかレバノンとかイエメンには
入れなくなってしまう。

ということで、パスポートではなく別紙にスタンプを押してもらうという
ミラクルな逃げ道があるのだが、これがまためんどくさい。
まあ、機会があったらそのへんのことも書こうと思う。

というか、それがなくとも入国審査自体が
やたら時間がかかるし無駄が多くてめんどくさいことこの上ない。

しかもノースタンプって頼んでるのに
パスポートに押されたりすることもあるらしい。
完全になめているのだ。
私たちは、なんとか無事にノースタンプで審査を通過したけどね。
▲アラブ人地区にて  
  イスラエルにはイスラム教とキリスト教とユダヤ教の聖地があり
まあ、みんながみんな
「ここさ、うちらのもんさぁ」と言い張りあっているわけで。




エルサレムの、城壁に囲まれた趣のある旧市街は
アラブ人地区、ユダヤ人地区みたいな感じで
それぞれがはっきりと違うカラーを見せている。
▲金色のがイスラム教の「岩のドーム」、その前面の壁がユダヤ教の「嘆きの壁」  
  よく「ユダヤ人」って表現をしているけれど
どういう人たちか、というと。



ユダヤ人て、ユダヤ民族という人種がいるわけではない。


ユダヤ教を信仰する人のこと
つまりユダヤ教徒のことは全部ユダヤ人と言う。


だから肌の色とか民族とか、そういうものは関係ない。
極端な話、日本人だって
ユダヤ教を信仰しているのであればユダヤ人ということになるらしい。
▲▼嘆きの壁で祈るユダヤ教徒    
  迫害の歴史と言われるほど
常に迫害されてきたユダヤ人。


ドイツ・ナチスのユダヤ人大虐殺は有名だけど
その他の時代にも、いろいろな勢力によって
ずーっと迫害され続け、世界各地に逃げるしかなかったという。



何にしろ、信仰の自由はあるべきで
迫害されてよい人、民族なんてあってはならない。
   
  長い長い迫害の歴史があった後で
ユダヤ人がやっと作った自分たちの国、それがイスラエル。


でも、そのときにはもうそこにはアラブ人(パレスチナ人)が
住んでいたのに、今度はそれを追い出したユダヤ人たち。



自分たちがそれだけ追われてきたのに
なぜ今度は人を追う側に回ったのか。
▲▼金曜の夜は、嘆きの壁の前は、すごい数のユダヤ教徒が祈りにきて埋め尽くされる    
  街中には軍人がいっぱいる。
でっかいライフルみたいのをぶらさげて。


それを見てチベットを思い出した。
チベットも、チベット人の土地を
中国が無理やり中国だって言い張っているんだから。


ここもやっぱり、無理をしてるってことだ。


ここは自分たちのもんだとか
いやそうじゃないとか
無理があるところには軍隊がある。

軍隊がなければ平和を保てないところなんて
ちっともよくない。

 
   
  自分たちさえよければ、それでいいのだと
教える宗教なんてあるんだろうか。



無理をして、自分のものだと言い張って
常にいがみあって暮らしていくのって
疲れないのかなって、単純に思ってしまう。

ものすごくばかばかしい。




もちろん、私たちが見たのはイスラエルのほんの一部であって
そこに住んでいる人たちの日常を見ることができていないのは
わかってはいるけど。
▲キリスト教の教会も巡礼者ですごい人がいる     
  私は、イスラエルには住みたくないと心底思った。


街中に銃がいっぱいあるところで暮らしたくはない。

     
  エルサレムのオリーブ山に住んでいるイブラヒムおじさん。
世界平和のために戦っている。


オリーブ山に、旅行者のための寄付制の宿を開いている。
どこの国の、どこの民族の人でも泊まることができる。


イブラヒムおじさんの願いは
そうやって偶然に宿に集まった世界中の人々が
いろいろな話をして、互いのことを知りあうことなんだろう。


どんな人も、その出身や民族やそういったことに左右されずに
愛され、大切にされるべきであるという考え

とても共感できた。
     
  イスラエルの問題は宗教と民族の対立に
戦争はビジネスになるとばかり
世界中の国が干渉して仕立て上げた結果。




国家とかそういったレベルでの考えと
そこに実際に住んでいる人々の考えはだいぶ違うとは思う。
平和を願わない人なんていないだろう。
     
ヨルダンの街角で夢を尋ねたら
その陽気なお兄ちゃんはパレスチナ難民だった。
「パレスチナに帰りたい」
それを聞かされたとき、心臓をつかまれたみたいにはっとした。

痛みや苦しみを抱えながら、それでも明るく前向きに
日々の暮らしを営んでいる人々がいることを忘れてはいけないと強く思った。


 
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